定例会での気づき

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2019年6月15日(土) 「母親の気持ち」

娘が摂食障害になったときに、お母さんの心の中に出てくる気持ちにはどんなことがあるでしょうか?
勿論、子供の拒食や過食、過食嘔吐という症状をみて、子供のことを可哀想だとか辛そうだとか苦しいだろうとか、色々な気持ちがあると思います。
では、お母さん自身のことについてはどんな思いがわき出てきているでしょうか?
「私は今まで世間一般の人よりも真面目に一生懸命に生きてきた。
人や親に迷惑かけることもせず、したいことは我慢して、できるだけ自身の力でやってきた。
弱味も見せず、弱音もはかず、誰に頼ることもせず頑張って生きてきた。
結婚して、妻として嫁として、母として一生懸命にやってきた。
それなのに、何故、この自分の所に娘が摂食障害になるという、想像すらできない出来事が起こるの!
私の何がダメなの!
何がいけないの!
私のまわりには、気楽にやっている母親ばかりなのに、何でそこの家庭の子供は摂食障害にならないの!
真面目に一生懸命やってきた私の所に何で!」
という気持ちが渦巻いていませんか?
お母さんも一人の人間です。
色々な感情があって当然なのです。
母親には優しくて正しい人物像を求めてしまいがちですが、お母さん自身も生きてきた中で、内面にはもっと怒りや苦しみや悲しみ辛さ、抱えてきたものを一杯持っているはずです。
子供が摂食障害になったときに、子供を治してあげたい。
と願って子供に関わっていくお母さんなのですが、関わっていくうちに自分自身のことも振り返るスタートにもなってきます。
摂食障害は、家族、家庭を代表してその子が病んでくれている。と言ってもいいと思います。
「生きづらい」お母さん自身もそんなことを、心の奥底に押し隠してきて、今その気持ちにやっと気付き始めてきているのです。
子供が病んで教えてくれていると言ってもいいのかもしれません。
お母さん自身も、自分の気持ちをしっかりと見つめて欲しいと思います。
お母さん自身が助かっていくこと、楽になっていくこと、とても大切で必要なことなのです。

2019年6月1日(土) 「認めるということ」

摂食障害本人の言葉です。『誰かに認めてもらえない私よりも自分に認めてもらえない私の方が、ずっとかわいそう』
この言葉には本当に深い心の奥底からの叫びがあります。
「自分に認めてもらえない」という通りに、摂食障害本人は、実に厳しい規制を自分自身に課しています。
物事の結果を100%できたという〇か、0%も出来なかったという✖にしか当てはめることができないのです。
途中の半々位できたというような中途半端な評価は許せないのです。
まぁまぁこのくらいで良しにしようという妥協もできません。
日常生活の何事においても、100か0だけで生きていますから生きづらいのです。
この考え方は、生まれ持った本人の気質にもありますが、それにプラスされた家庭の空気や考え方、育ってきた中での様々な関わりや出来事が拍車をかけてきていると思います。
摂食障害の症状が出始めた時は、尚更この考え方が増幅されてのしかかってきて本人を苦しめます。
常に100%出来る自分、完璧な自分のことしか認められないのです。
いくら回りが、少しくらいオッケーだよ。大丈夫だよ。と言葉をかけても認められません。
自分自身に本当に厳しい本人達なのです。
自分でも許したくても(寛容に受け入れる)、自分のことを許せない(寛容なんて有り得ない)ものなのです。
それが、冒頭の言葉に表現されているのです。
「誰かに認めてもらえない自分よりも、自分に認めてもらえない自分の方がかわいそう」苦しいと思います。
辛いと思います。
そんな考え方にがんじがらめにされて過食、過食嘔吐、拒食という症状が出てきているのです。

2019年5月18日(土)「公開講座を振り返って」

摂食障害だったご本人から寄せていただいたメッセージをご紹介します。
高校一年生の時に拒食気味で、二年生の春に過食嘔吐が始まって、10年近くそこを経験してきた方の生の声です。

(全文)
過食の始まりは高校二年生の時です。
テスト期間中にふとお菓子を食べたら止まらなくなり、あれよあれよと食べてしまいました。
食べている最中は無我夢中で何も考えずにただお腹を満たす感覚でした。
お腹がパンパンに苦しくなった後は、何とも言えない後悔と罪悪感に襲われました。
そして次の日は、自分の食に対するルールを決めて軽食か絶食かを繰り返していました。
自分で吐くことも覚え、更に下剤も乱用していました。
親や周りには絶対にバレたくないと思い、ゴミを隠したり、コンビニのゴミ箱に捨てたりもしていました。
体重が少しでも増えたらバツ。
0,1g増えるのが許せなくて、自分が醜い塊にしか思えませんでした。
周りの目がとても気になり、でも過食は止めたくても止められず、自分だけではどうしようもできませんでした。
本当に毎日が辛くて毎日泣いていて、とにかく今を生きていくのがやっとでした。
そんな時、母が向日葵の会に参加してくれて、荒川さんや同じ子の悩みを持つ方々にサポートして頂きました。
それまでは、
食べちゃダメ、吐いちゃダメ、ちゃんと学校に行きなさい。
と言っていた母も、
食べていいんだよ。休みたかったら休んでいいんだよ。
と言ってくれました。
今の私を認めてくれるような気がしてとても救われました。
そして学校も思い切って休学しました。
とことん食べました。
とことん吐きました。
とことん休みました。
むしろ一緒に過食と共存共栄する感覚でいました。
それまでは勉強や部活動、常に上を目指して一生懸命頑張ってきました。
そのため、あまり母との時間はなかったのですが、休学期間中は一緒にスーパーへ行ったり犬の散歩をしたり、とてもゆっくりと時を過ごしました。
勿論、今まですべてに全力で走ってきたので、ずっと家にいる何もいていない自分が惨めに思える時もありました。
そんな時は休む決断をした自分を褒めてあげることにしました。
そんな毎日を長い間送っていました。
気持ちに余裕が出来たら美容学校へも通いました。
現在思うことは、たとえ今過食嘔吐したとしても、今の自分を認めることが出来ます。
大丈夫です。
今暗闇にいても必ず抜け出せます。
当時は本当に辛くて辛くて、周りが大丈夫と言っても、お先真っ暗としか思えませんでした。
明日なんか来なければいい。一生、過食に振り回される。
将来が絶望的でした。
でも大丈夫なんです。
何年も引きこもって、毎日何回も過食して、暴言を吐いたり暴れたりした私も、今では二人の子供がいます。
美容師もしています。
友達とランチにも行きます。
子供たちと毎日笑って過ごしています。
親身に話を聞いてくれた向日葵の会の皆さん、私と向き合ってくれた親にはとても感謝しています。
今、私はここにこうやっていることが出来て本当に良かったです。

2019年5月4日(土) 「過食嘔吐にかかるお金」

食べ物を沢山食べて吐くことを繰り返す症状が出ている過食嘔吐の時期に、付いて回るのがそれにかかるお金の問題です。
症状が酷い場合には、1日に何回もやっているわけですから、お金がかかってくるのは明らかです。
家庭の生活費まで圧迫してくるのです。
親も子も、そこに焦点をあてがちになりますが、少し考えて欲しいと思います。
食べて吐くのは、言葉に出せないモヤモヤした気持ち、怒りの気持ちや、不満やどうしようもない気持ち、何がなんだかわからなくなっている気持ちを吐き出しているのです。
吐くという行為に隠された心の奥底の叫びがあるのです。
会において発言された摂食障害の娘さんからの言葉があります。
「お母さんは、お兄ちゃんの大学の費用はすぐに出すのに、私の過食のお金はイヤイヤ出している!同じ子供なのに、大学の費用は良くて、過食の費用はダメなの!」
この言葉を聞いて、過食の費用について親も子も直面している課題だと感じています。
会では、そこを通ってきたお母さんからこんな言葉がでました。
「私は娘の過食費用は治療費だと思っています。カウンセリングや入院したと思えば何の違いもありません。」
またこんな声も出ました。
「確かに過食のお金はかかります。勿体ないと思います。でも、今の娘が気持ちを吐き出すために必要なことだと思うと不思議に私の腹もすわってきます。」
家庭其々に、考え方ややり方があります。
色々な考えを会で聴きながらご自分のものにして、娘さんに関わっていくことが大切なのです。
気持ちが言えるようになってくると、必ず症状は変わってきます。
子供の気持ちをしっかりと聴くことをして欲しいのです。

2019年4月20日(土) 「家族の関わり」

摂食障害になった子供の回復に必要なこと。
それは、医師の処方した薬やカウンセリングよりも、もっともっと大切なこと、大事にしなければならないことがあると考えています。
それは、「家族の関わり」です。
家族、特にまずは母親の関わりと言ってもいいと思います。
育ってきた環境や様々な関わりの中で、色々なことを感じながらも自分の気持ちを圧し殺して、人に合わせることを常にしてきている子供達です。
その子供達が思春期を迎えた頃に、どうしていいかわからなくなり、自分の気持ちを出す表現の代わりに食べ物への症状として出てきているのが摂食障害なのです。
家族、母親、父親は、この摂食障害になったことを通して自分達をも様々なことに気付いていきます。
過去のこと、今までのこと、その時々の子供との関わりがどうだったか…
そんなとき、お母さんは自分の関わり方が悪かったからと自責の念にかられがちですが、決してその様なことはありません。
お母さんはお母さんなりに一生懸命にやってこられたはずです。
子供が摂食障害になったことで、これから新たにスタートすればよいのです。
子供との関わりを大切にして、気付いたことをやっていく、関わりながら、失敗してもそれを糧にまたやっていけばいいのです。
子供の気持ちを聴くことを通して、大切に関わっていって欲しいと思います。
お母さんも、自分の気持ちは言葉にしないと伝わらないし誤解されることもあります。
親も子も、言葉にして伝えることをやってみましょう。

2019年4月6日(土) 母親に必要なゆとり

お母さんと子供との関わりの中で、まずは子供の言うことをしっかりと聴くことが大切です。

では、しっかりと聴く為にお母さんに必要なことは何でしょうか?

それは、お母さん自身の心のゆとり(余裕)と、時間のゆとり(余裕)です。

これは多分どなたも経験があると思いますが、例えば子供が学校での事を話をし始めたとします。

時間のゆとりがないお母さんは、頭の中は夕飯しなきゃ、買い物行かなきゃ、明日の準備しなきゃ、あれもこれもやらなきゃ、…ということで一杯なのです。
子供の話を聴くどころではなく、聞き流してしまうことがあるのです。

心のゆとりがないお母さんは、頭の中は人の顔色を伺ってばかりの不安や心配で一杯になっています。お嫁さんの立場なら、義父母とのこと、嫁姑とのこと、妻としてではご主人との関係、仕事をしていれば職場での関係や出来事、心の中に余裕がなくなり子供の話を聴くどころではなくなっているのです。

お母さん自身が目一杯になっていると、なかなか子供の全てを聴く姿勢が保てないのです。

では、そのお母さんの気持ちを助けてあげられるのは誰でしょうか?

それは、他でもないご主人なのです。

お母さんを支えてあげられるのはお父さんの役目です。お母さんが抱えている不安や心配を聴いてあげることが出来るのはお父さんしかいないのです。

解決策や助言や、世間一般の概念などは要りません。ただ聴いてあげるだけでいいのです。

お母さんが楽になれば、ゆとり(余裕)が持てて、しっかりと子供に関わっていけるのです。

どうか、お父さんからはお母さんを支えることを充分にしてあげて欲しいと思います。

「コーヒーいれようか?」「お茶いれたよ」

と、是非お父さんからお母さんに言ってあげてください。

お母さんが助かっていくこと。楽になっていくこと。
そこを大切にされてみると、その雰囲気(家庭の波動)が病んでいる子供に伝わっていき、自然に色々なことが変わってきます。

2019年3月16日(土) 「自分がどうしたいかわからない」

摂食障害の子供達は、自分がどうしたいかという自分自身の気持ちでさえわからなくなってきています。

選ぶことができないのです。
選ぶことにも、物凄いエネルギーを使います。時間がかかります。

どうしてかというと、小さい頃から人の顔色をみて、自分の気持ちや考えは後回しにしてきたからです。
人に合わせる生き方をしてきたからです。

極端に言えば、カラスは黒いのに周囲が白だと言えば、自分は「違う!黒だ!」と言いたいのに「白です」と言いながら、心の中では違う、違う、と思って生きてきているのです。

毎日の生活の中でこんなふうに生きてきていると、自分は本当にどうしたいかというのがわからなくなってくるのです。

「自己不在」ということです。

こうしたいと子供は訴えているのに、ことごとく親の意見や考えを押し付けてこられれば、言えなくなってくるのは当然であり、気持ちでさえわからなくなってきても不思議なことではありません。

自己不在ということについて、子供が摂食障害になって、初めて親も子も気づいていくのです。

親の会では、まず気づくことからだと考えています。

気づいたら、そこからスタートすればいいのです。

具体例をあげるならば、買い物1つにしてもそうです。
どちらの服を買うかとても迷います。

子供が選ぶのをじっと待つ姿勢が親には必要です。

「早く決めなさい」とか「こっちがいいよ」とか、言わないことです。

子供が選ぶのを待つのです。選んだら、親の意見を押し付けずに子供の決めたことを「わかったよ」と受け入れてあげるだけでいいのです。

それを繰り返し繰り返しやっていけば、必ず変化が起きてきます。

2019年3月2日(土) 「人の目を気にする子供達」

摂食障害の子供達は、周囲からの評価をとても気にします。
そして、それを元に自分を評価してしまうのです。
人の目が気になって仕方ないのです。

これは、自分自身に自信がなくなってきているからです。

1つの例ですが、A子さんは小さい時から活発で、勉強もスポーツも頑張って成果を出している子供でした。
家族からは勿論のこと、学校でも先生や友達からも認められている存在でした。
周りの評価が高かった中で生きてきて、常に自分をそこに置いておくことができていたのです。

そんな頑張りにも結果が出せなくなって来る時がやってきたのです。

周囲からの評価で、自分の価値を決めて生きてきた中で、突然起こってくる現実に心はズタズタになってきます。

こんな時に、A子さんの苦しい心の中を話せる母親がいて(誰でもいいのですが、一番は母親といってもいいでしょう)、とことん聴いてもらえることができていたら、A子さんの気持ちも助かっていくのですが、A子さん自身もいい子にしてきていますから、母親に弱音を吐く自分は見せられないし、話せないで平静を装い一人で辛い思いをしていることが多いのです。

そして、手っ取り早くその気持ちを処理できる手段として、拒食であり過食、過食嘔吐という形が現れてくるのです。

「食べ物は裏切らない」と言う子供もいます。

食べ物は何も言いません。
どんな顔色も出しません。

周囲からの目を気にする子供達が、安心して頼ることができるのが食べ物なのです。

心が丈夫な子供は、つまずいても、挫折しても、立ち直り前を向くことができます。
何故なら、ダメな自分も許せるし、それも自分だと受け入れられるからです。

摂食障害になる子供達は、とことん自分をダメと評価します。
こんな自分は生きている価値がないとまで言います。
自信がないのです。

この傷ついた心を温かく優しく包み込んで、安心させてあげるのが、まずは母親ができることであり必要なことなのです。
これは、父親にもお願いしたいことなのですが、更にお父さんからはお母さんを支えてもらいたいということです。

24時間、休みなく毎日子供に関わっているお母さんも辛く苦しく切ないのです。
お母さんを支えてあげるお父さんの存在が家庭には大切なのです。

2019年2月16日(土) 「共感する」

 

話を聴くことの次にして欲しいことは、共感、です。 

 

子供の話を十分聴く姿勢で、頷きながら聴いていると共感されている感じがあります。 

 

頷くという動作も、首を大きく振ったり小さくふったり、その時の聴き手の共感具合によって違ってきますよね? また、時折、「そうだよね」「そう思ったんだね」「そう思う気持ちも当然だと思うよ」などと言葉を挟んであげると、共感されている感じが増します。 

 

ただ、ここで気をつけて欲しいのは、聴き手(母であったり、父であったり)が、共感もしていないのに取り敢えず共感しておこうとするのは好ましくありません。
これは、直ぐに子供から見破られてしまっています。 

 

親は思ってもいないのに、摂食障害の自分に合わせているだけだ!と… 同じ物をみて同じことを感じて共感できるときに初めてお互いの心が通じ合うと思います。 

 

感じていないのに、合わせて同じことを言おうとするのは直ぐにわかってしまうものなのです。 

 

例えば、子供が好きなアーティストの歌を聞きながら「この歌、いいよねー」と子供が言ってきた時に、お母さんも本当にその歌をいいと思っていたら、「いいよね。お母さんは、この部分好きだよ」と会話も弾むことでしょう。
子供は共感された感じで包まれます。 

 

もし、お母さんがその歌を知らない時は正直に「へえ、この歌が好きなんだ?どんな歌なの?お母さんも聞いてみたいな」と、無理に共感しようとせずに、正直にお母さんの気持ちを伝えた方が、子供も楽だし嬉しいはずです。 

 

「共感する」という気持ちを大切にして欲しいと思います。 

  

2019年2月2日(土) 「気持ちを家庭内で自由に言えていますか?」

ストレス社会と言われる現代です。

子供も学校や習い事、スポーツクラブ、有りとあらゆる場所で様々な人間関係や出来事で、色々なことが起きています。

そこでは楽しいこともあり、嫌なこともあり、心配したり不安になったり、悩んだり切なくなったりすることもあります。

それは成長の過程では必要なことなのです。

ここで気づかなければならないのは、心が健康な子供は糧にしていく力を持っているということ、心が繊細で弱っている子供はそのことが重くのしかかってきて

辛くて苦しいということです。

そんなときに休める居場所が家庭であるのが一番大切なことなのです。

疲れて傷ついて帰ってきたこどもには、特にお母さんがしっかりとその子の話を聴いてあげることが必要です。

待ち構えて、さぁ話してごらん、何があった?では、とても子供は話せません。
また、せっかく話したのに、とかく解決策を親がねってしまい、こうしたらいいとか、こうなるからこうだとか、言ってしまいがちですが、これでは子供も話したくなくなります。

子供の側で、子供の心に寄り添い、子供が話してくれるのを待ちます。

話してくれたら、そうか、そうだったのか、そんなことがあったんだね、と聴いてあげるだけでいいのです。
子供が自分の気持ちをしっかり言える家庭であること、父であること、母であることが大切です。

子供は、親に十分聴いてもらうことができると安心がうまれます。安心で満たされていけば自信がうまれます。自信がうまれれば行動することができます。

家庭は心身共に休める場所、安心できる場所であってほしいものです。

2019年1月19日(土) 「聴くということ」

子供と会話をするとき、一番大切にして欲しいことは「しっかりと聴く」ということです。

長年に渡り親の会をやってきていますが、毎回話題に出てくることの1つに「聴く」というテーマがあります。

子供が今日あったことや、困ったこと、どうしていいか悩んでいること、等々話してくれると、とかく親御さんの側からすると、子供に正しいことを教え導かなければならないと反応してしまいがちなものです。

それも必要なことなのかもしれませんが、子供にとってもっともっとして欲しいことは、「聴いて欲しい」だけのことなのです。
もっとハッキリと言わせてもらえれば「親の意見なんか聞きたくない」のです。
子供は、自分自身の心の内を聴いて欲しいのです。

十分聴いてあげると、子供は子供なりに自分で解決していけるものなのです。
また、その力がつくものなのです。

子供が話をしてきたら、忙しい中でもその手をとめて、しっかりと子供に向き合って話を聴いてみて下さい。

「そうだったんだね」「そう思ったんだね」「へぇ、そんなことがあったんだ?」「へぇ、それからどうしたの?」「それでどう思ったの?」… と、子供が話をしながら子供自身の気持ちも話せるように、親が十分聴く姿勢が大切なのです。

会に参加されるお母さんも「わかっているつもりなのについ私自身の考えや意見を子供より先に話をしてしまいます」と意見が出ますが、そうすると子供はもう話をやめてしまうのです。
「私が話すと説明や言い訳みたいなことが多くなって、しまいに何が言いたいか伝わらないこともあります」と話をされます。

どのお母さんも心当たりがあると思います。

今日から少しずつ、「聴く」という姿勢を心がけてみて下さい。
必ず、子供から話をしてくれます。
子供が心の内を話してきます。
それを全て聴いてあげるだけでいいのです。

聴いてもらうと、心が満足します。
満足できれば安心します。
安心すれば、自信も生まれます。

「聴く」ということは本当に大切なことなのです。

2019年1月5日(土) 「有りのまま、全てを受け入れる」

摂食障害は日常目の前で過食嘔吐や拒食という症状が現れてきています。
これは症状であり、その根底にはそこに隠された気持ちがあるのです。

その気持ちを聴いてあげること、親子共々気付くこと、その気持ちや感じたことをお互いに認め合えることが回復には大変必要なことになってきます。

では、有りのまま、そのまま全てを受け入れるとはどういうことだと思われますか? 摂食障害になる前までは、手のかからないお利口さんタイプの優しい子供だったのに…と大多数のお母さん達がそう言われます。
反抗期もなく、親に口答えすることもなく、思いやりもあり、本当にいい子でした…とも言われます。

…にはお母さんの心の中にどんな気持ちがあるのでしょうか? こんなはずじゃない!こんなことする子供に育てたはずじゃない! と目の前にいる子供をそんなふうに感じる心があるのも確かだと思います。
お母さんも様々な感情が出てきます。

勿論、苦しんでいる我が子が可哀想で、代われるものなら代わりたいと思う程、お母さん自身も切ないのは確かです。

そんな色々な気持ちを見つめたうえで、「目の前にいる有りのままの我が子をそのまま全て受け入れる」ということが大切です。

どんなことをしても、どんなことを言われても、どんな時であっても、我が子にかわりはないのです。

お母さんのそんな姿勢が子供達の病んでいる心を包み込んでいきます。
必ず子供に届きます。
お母さんの限りない愛情を子供たちは求めているのです。

お母さんと表現しましたが、言うまでもなくこれはお父さんでもあり、ご家庭でもありということです。

子供の摂食障害を通して、様々な事柄が起きてきます。色々な気持ちも出てきます。

子供の症状だけに着眼するのではなく、そこに隠された気持ちを聴いてあげましょう。

2018.12.15 (土) 「安心できるということ」

子供が摂食障害になり、今までとはかけ離れた事柄がおこってくるわけですから、親も子も不安と心配で一杯になるのは当然です。

そこに、拒食の症状や過食の症状が出ているのですから、苦しさや辛さ、切なさで押し潰されそうになるのが現実です。

この中で欲しいのが「安心」という気持ちであり心です。

摂食障害の本人である子供が不安で一杯なのに、それより先に親が不安の塊でガチガチになっている状態で子供に関わっても不安は増幅するばかりです。

まずは、親が安心できる心を持てるようになること。そうすると、その安心の空気が子供に伝わっていき、自然と安心で満たされてくるのです。

そうなる為に必要な早道は、今起きている事柄をまるごと受けとめることです。

摂食障害の我が子も、摂食障害になる前の我が子も、どちらも我が子には変わりありません。

お母さんの心配や不安はお父さんに(ご主人)受け止めてもらい、安心して子供に向き合って行きましょう。子供が安心できるようになると、必ず回復への道を進んでいきます

2018年12月1日(土) 「窓を開けて風を入れましょう」

閉め切った部屋の中は空気が流れません。
どんどん汚れた空気がたまっていきます。
家庭の中も同じです。
摂食障害になった子供が「家庭に居場所がない」と、よく口にします。
いくら大きい家でも、自分の部屋があっても″居場所がない”のです。
「そのままのあなたでいいんだよ」と言う心からの想いで子供に向き合ってあげて下さい。
今まで閉め切った家の窓を開けて新しい風を入れてみませんか?
新しい風が吹けば、きっと家庭の中も変化が起きてくるはずです。
子供の摂食障害を治そうとして子供をを変えようとする前に、お母さん、お父さん、ご家族の皆さん、ご自身のことを見つめなおしてみることも大切だと思います。

2018年11月17日(土) 「お母さんが助かることの大切さ」

摂食障害の子供に、常に関わることになるのは主にお母さんです。
摂食障害の本人が辛く苦しい中にいるのは言うまでもありませんが、お母さん自身も本当に辛く苦しいのです。
自分が産んだ我が子の病んでいる姿を見て切なくない訳がありません。
向日葵の会では、そんなお母さんをサポートしています。
お母さんも日々、不安や心配で一杯なのです。
その不安や心配が安心に変わっていくことが、お母さんが助かっていく一歩になるのです。
お母さんの心が安心で一杯になれば、自然と子供にも安心が伝わっていくのです。

2018年10月20日(土)「娘の摂食障害を通して、娘から色々なことを教えてもらいました」

摂食障害の娘さんを抱え、5年の間、家庭内で起こる様々な出来事に途方に暮れていた矢先、去年開催した公開講座「摂食障害を語る」をきっかけに向日葵の会に参加されて1年が経ったご家庭のお父さんの言葉です。
この1年の間に過去5年間の事を「空回りしていた」と表現されたお母さん。
どんなに辛く、苦しく、切ない5年間だったのかと思うと、経験してきた私達母親は誰もが涙します。
通ってきた道だからこそ、お母さんの気持ちが手に取るように分かるのです。
そのご夫婦が、この1年間に向日葵の会に通われることを土台にして娘さんとの関係に様々な変化が起こり、そして回復への道を確実に歩み始められています。
お父さんが振り返って見ていわれた言葉です。
「娘の摂食障害を通して、娘から色々なことを教えてもらいました」
摂食障害は本人だけの問題ではありません。
本人に症状は過食・拒食と言う形で表れていますが、ご家庭やご家族にも課題を投げかけているのです・・・・・

2018年11月3日(土)「子供にとって一番のカウンセラーはお母さん」

拒食で入退院を繰り返しているお子さんを持つお母さんが、娘さんの体重が減ってきている様子を見て、娘さんに言ったそうです。
「○○子、担当のお医者さんにあなたの心配な事や不安なことを話した方がいいのでは? お医者さんでなくてもカウンセラーの方に話を聞いてもらったら?」と・・・
その言葉に娘さんが返したことは、「私が聴いて欲しい相手は医者でもカウンセラーでもない!お母さんに聴いてもらいたいんだ!」
娘さんの言葉は心の叫びです。
幼少期、子供が、「ねえねえ、お母さん・・・」と、話をして来る時、無条件に話を聴いていましたよね? 同じなんです。
いくつになっても子供はお母さんから全てを受け入れてもらいたいのです。
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